2019年4月の読書記録

2019年4月の読書記録と題して、4月に読み切ったり論文一本読んだり講読で読み込んだりしている本の感想を書き連ねます。振り返ってみると、近代フランス関係が半分くらいを占めているせいで、自分が近代フランス思想の研究者なのだとうっかり錯覚してしまいそうになる。これは良くないと思うので、5月はもっと近世近代のドイツ人に寄り添いたい。

古典古代

・『プラトン全集3(『ソピステス』、『ポリティコス』)』

プラトン全集〈3〉ソピステス・ポリティコス(政治家)

プラトン全集〈3〉ソピステス・ポリティコス(政治家)

 

ティマイオス』や『法律』とならぶ後期プラトンの代表的な対話篇二編を収録。「ソフィストとは何者なのか」、「政治家とは何か」という問いをめぐって、「エレアからの客人」とテアイテトス(『ソピステス』)、若いソクラテス(『ポリティコス』)とが対話を繰り広げる。とくに『ポリティコス』は、国家論と宇宙論が緊密に結びついている『国家』以来のプラトン政治思想のスタイルを再確認させてくれる。

・Joachim Ritter, »Das bürgerliche Leben«, in: ders., Metaphysik und Politik, S. 57-105.

Metaphysik und Politik: Studien zu Aristoteles und Hegel

Metaphysik und Politik: Studien zu Aristoteles und Hegel

 

 著者のアリストテレス研究とヘーゲル研究の成果を収めた論文集『形而上学政治学』の第三論文(ちなみに本書には日本語訳もある「ヘーゲルフランス革命」も収録されている)。人間にとっての幸福と国家(ポリス)にとっての幸福を同一視するアリストテレスの主張を、『政治学』や『ニコマコス倫理学』の議論から解明していく。その主筋以外も、アリストテレスのテクネー論やアレテー論についても有益な示唆が得られる。

近代ドイツ

・寄川条路『ヘーゲル――人と思想――』

ヘーゲル―人と思想―

ヘーゲル―人と思想―

 

 序章でヘーゲルの生涯を概観したあと、第二章から第九章で各著作・論考の概要をまとめる。第一〇章ではヘーゲル学派が、第一一・一二章では現代思想ヘーゲル哲学の関係が論じられる。著者のヘーゲル哲学解釈については他の研究書のほうが詳しいだろうが、各章末や巻末の文献案内で、ヘーゲルのドイツ語の著作集でどれがどの程度信頼できるか、日本語でどういう研究書があるのかがすぐ分かるので、個人的にはそちらのほうがすぐに役立つと思う。

・今野元『フランス革命神聖ローマ帝国の試煉――大宰相ダールベルクの帝国愛国主義

 本書の出発点は、一八〇六年に帝国大宰相ダールベルクが帝国を脱退してナポレオンを庇護者とするライン同盟に加入したのはいかなる動機に基づくのか、という問いである。この問いに答えるべく、第一部ではローマ皇帝ヨーゼフ二世の帝国政策にダールベルクがどう対峙したのか、第二部ではフランス革命やナポレオンにダールベルクがどう対峙したのかが丹念に叙述される。その結果として本書は、ダールベルクは「第三のドイツ」――普墺の二大領邦を除くドイツ――の維持を目指す連邦主義的な帝国愛国主義を奉じてヨーゼフの統一主義的な帝国愛国主義と衝突し、ライン同盟加入に際しても、フランスの権力者に追従して皇帝と対決したとしてもなお帝国諸身分の利益をはかることができると考えたからだ、という解釈を提示する。ここ半世紀来の帝国研究を踏まえつつ、政治家の言動を通じて時代全体に光を当ててくれる非常に有益な研究だろう。

・Hegel, Enzyklopädie der philosophischen Wissenschaften, T. 1.

Enzyklopadie Der Pholosophischen Wissenschaften Im Grundrisse(1830)Tl1

Enzyklopadie Der Pholosophischen Wissenschaften Im Grundrisse(1830)Tl1

 

今年で七年目を迎えたヘーゲル読書会の今年度の文献。いわゆる『小論理学』。4月はEinleitungの§1~§11までを訳読。当該箇所は、哲学とは何か、それは何を原理とし、何を目的とし、他の分野(とくに宗教や近代科学)とどう違うのか、といった問題に関わっている。「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」という悪名高き命題に関する注釈(§6)も登場するので、ヘーゲル哲学全体の性格を考えるうえで非常に興味深い箇所なのではないかと思う。

近代フランス

・サド『ジュスチーヌ』

ジュスチーヌまたは美徳の不幸 (岩波文庫)

ジュスチーヌまたは美徳の不幸 (岩波文庫)

 

 サドには「ジュスチーヌ物」といわれる三部作があるが、その第二作。現世における徳行(本作ではとりわけ貞節の固守)が永遠の浄福につながると確信するヒロイン、ジュスチーヌがひたすら悲惨な目に遭うという筋立て。彼女の変名「テレーズ」にせよ、ジュスチーヌに迫る悪人たちがひたすら唯物論的な世界観を説くところにせよ、先達『女哲学者テレーズ』の影響を強く感じさせる。どぎつい性的描写はともかくとして、人間の性衝動や殺人衝動を「自然」の名のもとに正当化し、かつ性的暴行を自然によって女よりも強い力を与えられた男の権利だとする各登場人物の語りは、「自然」なる規範の有効性を疑わせてあまりある。自然法自然権なる概念に対する極上のパロディーに仕上がっている名作。

モリエール『町人貴族』

町人貴族 (岩波文庫 赤 512-6)

町人貴族 (岩波文庫 赤 512-6)

 

 貴族然とした生活スタイルを身に着けようとするブルジョワジーを風刺する喜劇。フランス絶対王政という社会的コンテクストを踏まえるといっそう味わい深い。

ボーマルシェフィガロの結婚

フィガロの結婚 (岩波文庫 (32-522-1))

フィガロの結婚 (岩波文庫 (32-522-1))

 

 アンシャン・レジーム研究ではむしろ、初夜権なる実在が怪しい権利を持ち出す本作が好評を博したことに、貴族に対する社会的信頼の低下を見るのが一般的であろう。なお岩波文庫版はどうにも古臭い文体なので、他の版も読んでみるべきではないかと思った。

・リン・ハント『フランス革命と家族ロマンス』

フランス革命と家族ロマンス (テオリア叢書)

フランス革命と家族ロマンス (テオリア叢書)

 

 定期的に訪れるリン・ハント祭りの一環。というか、フュレ以降の政治文化の変動に着目する革命史研究で一番日本語で読みやすいのはこの人の研究書しかない(リシェとフュレの共著、ベイカーのInventing the French Revolution、誰か訳して…)。本書でハントは、フロイトから示唆を受けつつ、革命前後のフランス人の家族イメージの変遷と社会観・政治観の変遷の連関を描き出している。封印状発行の慣例などに見られる家長の専制を非難する文芸の流行、「兄弟」愛としてのフラテニテの諸相、マリー=アントワネットが女性の役割を定義する上で持った意味などなど、主に文芸作品を分析の中心に据えながら、その社会的政治的次元を鋭く析出している。

・リン・ハント『人権を創造する』

人権を創造する

人権を創造する

 

 大雑把に言えば人権思想史であるが、本書でも文芸が果たした役割が実に強調されている。アメリカ革命やフランス革命に先立つ18世紀に『新エロイーズ』や『パミラ』、『クラリッサ』といった作品がウケた事実から、境遇の異なる他者に対する共感という考え方が伝播し、それが人権思想の定着に寄与したという歴史解釈は、権利の哲学的基礎づけでは汲み尽くせない歴史の奥深さを示している。他方で末尾で共感だけでは権利擁護に十分でない点も指摘されていて、現代における実践を考えるうえでバランスのとれた歴史記述となっている。

・Sarah Maza, The Myth of the French Bourgeoisie

The Myth of the French Bourgeoisie: An Essay on the Social Imaginary, 1750-1850

The Myth of the French Bourgeoisie: An Essay on the Social Imaginary, 1750-1850

 

 今年度春学期の院ゼミ文献。4月はイントロと第一章まで。著者はイントロで、フランスに「ブルジョワジー」(=中産階級)なる階級は存在しないという刺激的なテーゼを提出しているが、そのテーゼを支えているのは、ある階級はその階級のポジティヴなアイデンティティやナラティヴが確立されて初めて存在することができるという、文化構築主義的な社会認識である。そしてブルジョワジーの不在という否定的テーゼから、フランスの政治的・社会的理想は負のイメージを付与されたブルジョワジーの対蹠物として形成されてきたというポジティヴなテーゼを導き出している。まず第一章では、アンシャン・レジームにおける社会記述の様々な試みを取り上げ、中産階級という意味でのブルジョワジーというカテゴリーがなかったこと、法言語に由来するブルジョワジーはむしろ或る種の特権集団、貴族同然の集団を指していたことを明示している。

近代哲学(史)

・ジョン・ロバートソン『啓蒙とはなにか』

啓蒙とはなにか:忘却された〈光〉の哲学

啓蒙とはなにか:忘却された〈光〉の哲学

 

 オックスフォード大学出版のVery Short Introductionシリーズの一冊。スコットランド啓蒙やナポリ啓蒙研究の第一人者の著者らしく、従来の啓蒙主義概説書では触れられるのことの少ない文筆家にも言及しつつ、啓蒙をヨーロッパ規模で共有された一つの知的営為として描き出す。「この地上における人間の境遇のより良い理解と、その理解をもとにした人間の境遇の実践的進歩とに捧げられた運動」という啓蒙の定義(27頁)自体はカッシーラーなどとも通じるありがちな定義ではあるが、革命を啓蒙の産物ではなく「啓蒙のアンチテーゼ」(166頁)と位置づけるところなど、随所に従来の啓蒙主義理解に対する批判的観点を打ち出している。

・ハッキング『確率の出現』

確率の出現

確率の出現

 

 確率概念が登場した際の思考の前提条件を様々な角度から照射している。従来重視されてきたパスカルだけでなく、近世の高級科学に対する低級科学(医学など)で生じた思考の変化、ライプニッツなどなど、様々なトピックから確率概念が分析されていく。ただし実際の計算も登場するので、確率が非常にニガテだった私は読むのに非常に難渋した。

 文芸

・ヒラリー・マンテル『ウルフ・ホール』(上下)

ウルフ・ホール (上)

ウルフ・ホール (上)

 
ウルフ・ホール (下)

ウルフ・ホール (下)

 

 ヘンリー八世の寵臣、しかしのちに処刑される政治家トマス・クロムウェルの伝記小説。権謀術数渦巻くヘンリーの宮廷でクロムウェルが頭角を現していくプロセスが描かれる。行動の理由を良心としか説明せず、ひたすら他人の説得を受け付けないトマス・モアの描写など、従来の見方とは対立する描写が際立っている。

武田綾乃響け!ユーフォニアム 決意の最終楽章前編』

 現在二年生編の劇場版アニメも公開中の『響け!ユーフォニアム』シリーズの最新作。巻末の告知によると後編は6月発売予定とのこと。今から非常に楽しみ。