武田綾乃『君と漕ぐ ながとろ高校カヌー部』(新潮文庫)

 

君と漕ぐ: ながとろ高校カヌー部 (新潮文庫)

君と漕ぐ: ながとろ高校カヌー部 (新潮文庫)

 

 


Google Chromeの「おすすめの記事」でBook Bang編集部の発売記念インタビュー記事が出てきたので思わず購入。このインタビュー記事もそうですが、「ある日、東京にて」という短編が初回限定特典としてくっついてくるなど、『響け!ユーフォニアム』シリーズにドハマリした客層を狙い撃つかのような売出しにやられました。

 

まず裏表紙のあらすじをそのままひっぱっておくと、

 

両親の離婚で引っ越してきた高校一年生の舞奈は、地元の川でカヌーを操る美少女、恵梨香に出会う。たちまち興味を持った舞奈は、彼女を誘い、ながとろ高校カヌー部に入部。先輩の希衣と千帆は、ペアを組んで大会でも活躍する選手だったが、二人のカヌーに取り組む気持ちはすれ違い始めていた。恵梨香の桁違いの実力を知り、希衣はある決意を固めるが。水しぶき眩しい青春部活小説。

 

とあるように、吹奏楽というわりあいメジャーな部活が舞台のユーフォシリーズとはうってかわって、カヌー競技という日本ではまだまだマイナーなスポーツに焦点を当てた小説。ただし、部活という枠組みの中で生じる人間関係をじっくり丁寧に描写するという軸はユーフォシリーズと同じなので、そちらに魅力を感じた人はこちらも楽しく読めるに違いない。

 主人公に超高校級の実力を持つ友人ができるというのはユーフォシリーズと共通する点だけど、本作はそちらとも違う流れをたどることになるんだろうなあというのは容易に想像できる。

 現状一番大きいと感じるのは、ユーフォの主人公黄前久美子吹奏楽に対する姿勢とこちらの黒部舞奈のカヌー競技に対する姿勢の違い。黄前久美子のほうは小学校以来のユーフォニアム経験者で、演奏会やコンクールでソロパートを担当するぐらいには実力がある設定で、だからこそ親友の高坂麗奈の突出した実力を尊敬しながらも音楽で親友と対等に向き合えるかどうかに悩んだりするところがある(特に『響け!ユーフォニアム 北宇治高校の吹奏楽部日誌』所収の「星彩セレナーデ」)。

 

 


 一方『君と漕ぐ』のほうの黒部舞奈はボートとカヌーの違いを知らないほどの初心者で、現状カヌー競技で上を目指すなんてとても言えないような設定なので、カヌー競技なんて全然知らなかった私のような読者に親近感を覚えさせてくれるのだけれど、カヌーで親友の湧別恵梨香と対等な立場に立てるか、といった悩みとは現状無縁の状態にある。むしろ部活でより高いレベルを目指すことと友人との関係との葛藤に悩むというのは、本作では天神千帆と鶴見希衣の上級生二人組に降りかかる課題になっている。そういう意味では、本作の黒部舞奈はいまのところ狂言回し的な役に落ち着いていて、黄前久美子みたいな主人公感はさほど出していない。実際本作の後半では希衣のほうに焦点が当たっていくにつれて舞奈のプレゼンスが下がっていくように思われた。

 ユーフォシリーズでは久美子だったりあすかだったり希美だったりが友人や家族に関して色んな葛藤を抱えていて、それが部活動という媒体を通じてうまく描写されていた。そこに武田作品の魅力を感じた一読者としては、『君と漕ぐ』の続編(もちろんあるはず)でそうした葛藤がどう描かれていくのかというのがこれからの展開で最も気になるところ。本作はタイトルからしてペアをどう組むのかというのが物語のキモになっているはずだが、時間が経つにつれてまた別のペアが、例えば恵梨香と舞奈のペアができるのかどうか、また競技でのペア関係が通常の生活での人間関係にどう影響するのか、といったところが続編の読みどころなのではないかと思う。

 というわけで続編に期待。