伊藤宏二『ヴェストファーレン条約と神聖ローマ帝国――ドイツ帝国諸侯としてのスウェーデン』(九大出版会、2005年)

 

  副題からも分かる通り、三十年戦争(1618-1648)の講和条約であるヴェストファーレン条約によってスウェーデン神聖ローマ帝国国制においてどのような地位を獲得し、それが戦後のスウェーデンのドイツ領(ポメルン)支配にとってどのような意味を持ったのかを探る研究。簡単な目次は以下の通り。

 

序章 ドイツ国制史研究とヴェストファーレン条約像の変遷

第一章 ヴェストファーレン講和会議における帝国とスウェーデン

第二章 ヴェストファーレン条約に基づくスウェーデンの地位

第三章 帝国等族としてのスウェーデン

終章 総括と展望

 

ヴェストファーレン条約を「帝国の死亡証明書」とみなす従来の歴史観に対する批判は二〇世紀後半以来ドイツ国制史研究や国際法学で一般化しつつある。本書の大きな特徴はその動向をふまえながら、三十年戦争の主要なアクターであるスウェーデンをピックアップするところにある。

 本書によれば、講和会議におけるスウェーデンの基本方針は「平和の保証」、「王冠への補償」、「軍隊への補償」を獲得することであった。この方針からスウェーデンはポメルンの領有を要求することになった。ただしその際、スウェーデンはこれを帝国レーエンとして獲得するつもりであった。これがブランデンブルク選帝侯の譲歩で実現したため、スウェーデンヴェストファーレン条約でドイツ諸侯がもつ様々な特権――特に本書で重要なのが不上訴特権と裁判所選択権――を獲得した。そして近代の主権概念に基づく論理とは異なる帝国国制の論理を受け入れた結果、スウェーデンは獲得したポメルン領では、最高上訴審裁判所の設置をめぐってスウェーデンとポメルン等族との間で論争が生じることとなる。こうして、ドイツ領におけるスウェーデン王権の絶対化にある程度歯止めがかかったというのが本書の見立てである。また帝国の封臣として様々な義務――特に帝国戦争への参戦義務――を負うことによって、逆にスウェーデン外交政策の選択肢が広がったという点も指摘される。

 近世の帝国国制がドイツ、ひいてはヨーロッパ全体にとって大きな意義を持っていたというのは今日ではもはや常識化しつつあるが、本書は一方でスウェーデンが帝国諸侯の一員となることでレーエン関係という旧ヨーロッパ的論理を受け入れたことを指摘しつつも、帝国やフランスに対して同等の地位にあることを講和会議や条約本文において強調した点に後の主権国家システムにつながる要素をも指摘している点で、旧ヨーロッパと近代世界とのはざまにある独特の時代としての「近世」の重要な特徴を浮き彫りにしている。そのような意味で非常に読み応えのある研究だと感じた。