2019年5月の読書記録

近代思想

・ゲルハルト・エスライヒ『近代国家の覚醒』

近代国家の覚醒―新ストア主義・身分制・ポリツァイ

近代国家の覚醒―新ストア主義・身分制・ポリツァイ

 

 収録論文の情報については次の記事を参照。

geistesarmut.hatenablog.com

山内進『新ストア主義の国家哲学』

 エスライヒの研究を出発点としつつ、初期近代において近代国家の概念を確立した思想家としてリプシウスの意義を強調する研究。17・18世紀の政治思想を論じるうえで新ストア主義の影響というのはよく言及される(特にドイツ語圏の研究で)テーマであるが、この本を読むことでその思惟構造や力点の在り処がよく分かるようになる。

近代ドイツ

・山本道雄『クリスティアン・ヴォルフのハレ追放顛末記』

 カントの批判哲学以前、ドイツの学識共和国を支配していたのはクリスティアン・ヴォルフの哲学であるが、その哲学をカント哲学との接点も意識しつつ論じた論文、そしてヴォルフのラテン語著作の抄訳として『哲学一般についての予備的叙説』が収録されている。ヴォルフの哲学体系、そしてそれが同時代に与えたインパクトを知るにはこの本を読むに如くはない。

・井川義次『宋学の西遷』

宋学の西遷―近代啓蒙への道

宋学の西遷―近代啓蒙への道

 

 18世紀ヨーロッパの啓蒙主義の出発点には朱子学を経由した儒教思想があった――この刺激的なテーゼをこの研究は、イエズス会士(クプレ、ノエル)の儒学経典のラテン語訳の検討、そしてそれに依拠しつつ、神認識を持たないまま幸福な国家を造ることに成功した(古代)中国の英知を称揚するクリスティアン・ヴォルフの講演『中国人の実践哲学に関する講演』といった史料を綿密に検討して裏づけている。ヨーロッパ啓蒙主義の研究にとって儒学朱子学)が根本的に重要となることを気づかせてくれる。

現代思想

アガンベンホモ・サケル

ホモ・サケル 主権権力と剥き出しの生

ホモ・サケル 主権権力と剥き出しの生

 

アガンベンアウシュヴィッツの残りのもの』

アウシュヴィッツの残りのもの―アルシーヴと証人

アウシュヴィッツの残りのもの―アルシーヴと証人

 

 大学院のゼミでアガンベンの研究書を講読しているため、これを幸いとばかりに読んでみた。いずれもホモ・サケルというシリーズの一環にあたるわけだが、現代政治の範例(パラダイム)を収容所だと断定するアガンベンの議論を見る上では、さしあたりこの二冊から出発するのが良いように思われる。

プリーモ・レーヴィ『これが人間か』

プリーモ・レーヴィ『溺れるものと救われるもの』

溺れるものと救われるもの (朝日選書)

溺れるものと救われるもの (朝日選書)

 

 『アウシュヴィッツの残りのもの』の出発点がプリーモ・レーヴィの「ムーゼルマン」をめぐる議論――アウシュヴィッツの完全な証人はムーゼルマンである――にあるというのは、『残りのもの』を一読すればすぐ分かる。というわけで、アガンベンの優れて哲学的・抽象的な議論の背景を知るべくレーヴィの邦訳二冊を読んでみた。いずれも、アウシュヴィッツという人間の途方もない残虐行為の場で、人間がどのような姿を見せたのかを克明に描き出している。またそれと同時に、アウシュヴィッツの証言者たちが戦後どのような経験をしたか、どのような議論に巻き込まれたのかについてもこの二冊から得るところがたくさんある。